アパートメント
結局、いちばん考えている人間がいちばん負担を負う運命なのだが、だからこそチームは難しい。スカラーでは考えられない。同方向に思考を持つ4人が集ったチームにおいて、その思考の量は足し算できない。結局、いちばんその方向への思考の量を持つ人間の思考が、そのチームの思考であり、補足すれば、そうである場合というのは、そのチームにおいて幸福なことだ。
つまり、チームは、ある点(ゼロ)を共有する思考の方向がばらばらの人間を集めるべきものなのだが、それはつまり、バラバラにいる人たちを集めることなのだ。
このことは繰り返したいので、繰り返す。つまり、チームは、ある点(ゼロ)を共有する思考の方向がばらばらの人間を集めるべきものなのだが、それはつまり、バラバラにいる人たちを集めることなのだ。
絶対にバラバラで無ければならない。それぞれの孤独が無ければ、チームは意味を成さない。チームとはそれほどの困難であり、だからこそ可能性を保持し得る。
そこで私はアパートメントを夢想する。それはチームではない。見ず知らずの人間がそこに集っても構わない。だけど、気が向けば隣の部屋のドアをノックすることは、難しいことではない。
そして自室に戻れば、ふたたび隣室は神秘と成り得る。アパートメントとレジデンツにおいて、性急な試みは命取りだ。孤独は、チームという困難の、さらに先にある困難を、それぞれのもどかしさを携え見詰めているはずである。
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